あぐらのSoloZakki

令和が始まる直前に53歳で退職しました。安定から自由を目指します。

「ゴッホ展」を見に行く

ゴッホ展」を見に行きました。

こういう展覧会で「ゴッホ」の展示は割と頻繁なイメージがあります。

ようやく秋っぽくなって出歩くのにベストな季節。考える事はみな同じだと思われて、どれくらいの人混みになるかの心配もしつつ上野の森美術館へ行ってきました。

入場券売場混雑も予想し(コスパ面からも)前売り券も買っておきました。

go-go-gogh.jp

 

が、その日(水曜日)は入場券売り場、入場口での行列はなく、スムーズに入場できました。逆に一番並んだのはグッズ売り場でした。もちろんガラガラではないものの割とストレスなく鑑賞できました。

ただ入場整理用のテープ付きのポールは用意されていましたから、開催まもない平日と言う事で空いていたのでしょうか。

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むかし司馬遼太郎さんのゴッホについてのエッセイを読んだ事があり、そこに描かれたゴッホの不遇すぎる人生に衝撃を受けた記憶があります。

美術史の中の多くの天才たちのなかにはうまれついて絵筆を持っていたという内外の条件にめぐまれたひともいたが、なかには「これ以外に自分のやることがない。仕方なく絵のなかにいるのだ」というぎりぎりの放下のなかで画家である自分を見出したひともいる。ゴッホはその中でももっとも痛烈な存在である。
(中略) 
ゴッホは自分の寂しさについての詠嘆と言うものがなかったが、しかしわれわれ人間の仲間で、彼ほど淋しい生涯を終えたものがそうざらにあるだろうか?
 (ゴッホの天才性より)

そのエッセイの表現を借りれば

われわれ人類に新しい色彩世界を教えてくれた

ゴッホの天才性より)

と言っていいくらいの独特の色彩世界と誰でも分かる長い筆致で有名ですが、今回の展示ではそれ以前の土色なトーンの作品、また同時代の別の作家の作品の展示もありました。その中で世間一般的なゴッホらしい絵は思ったよりも少ない感じかもしれません。総じて規模的にやや小ぶりな印象を持ちました。

とは言っても「糸杉」(上の写真中央)の迫力、味わい深い肖像画群など見てきて良かったと思います。

 

その他補足として展示会場についての情報を書いておきますと、入場券売り場は現金のみ、記念品グッズ売り場は現金・クレジットカード払いのみでした。