あぐらのSoloZakki

令和が始まる直前に53歳で退職しました。安定から自由を目指します。

早期リタイア生活と合理主義の相性の良さ

早期リタイアを目指すような人は、どこかしら効率性を重視する合理主義者的な考えの持ち主だと思っています。逃げ切り資産を蓄え、早期リタイア生活費を抑えるのには経済合理性を気にするのは理にかなっています

 

自分も効率厨で合理性を重視する方ですが「合理主義的な行動」って、意外と微妙な違和感を感じさせる場面もあります。

合理的過ぎる違和感

例えば最近こんな記事がありました。

maidonanews.jp

「京都に修学旅行に行く長男にお小遣いを渡したら『帰りの荷物増やしたくないからこれでAmazonで八ツ橋注文しておいてくれ』ってそこから2000円返してきた…」

何となく合理的と言えますが、なんかちょっと違うなと言う気(釈然としない)もします。

「合理主義」を別の言い方をすれば「損得勘定」ですが「損得勘定」過ぎる事が良くないと言うと、それはそれで印象批判に聞こえます。

限定合理性

こういう合理主義の微妙な感じ、既に説明するような考えもあって、「限定合理性」と呼ぶようです。

president.jp

 

大東亜戦争での日本軍の失敗は、非合理だったから起きたのではなく、むしろ、合理的に行動したからこそ、失敗に導かれたということです。では、なぜ不条理が発生するのか。それは人間が限られた情報の中で判断するしかないからです。このことを「限定合理性」と呼びます。

限られた条件で合理性を追求する行為は、結局は一面的な損得勘定に陥ると指摘してます。

こんな例も紹介されてました。

例えば、安全性を高めることは正しいことですが、そうするにはコストがかかるので、初めから手抜きをすることが経済合理的となります。イノベーションも、失敗したときに想定されるコストが高いので、挑戦しないほうが合理的となります。経済合理性は、必ずそんな不条理を生むものなのです。

経済面に限定して合理主義的行動とる場合、それ以外の面で、不利益が発生する事になる例です。

「合理主義亅は一面的な損得勘定に過ぎないとも言えるかもしれません。

そんな一面的な合理主義として「ムラの論理」とか「ブラック企業の論理」とか「マイルドヤンキーの論理」等、狭い世界で成立する合理主義の例(限定的な条件での損得計算)の例が他にも浮かびます。

 

合理主義は一面的な考えに過ぎない、そう考えてみると、今回の高校生の話も、ちょっと一面的に考え過ぎている(あまり良くないんじゃないか)という気持ちがモヤっとしている理由かなと思います。

若いうちから一面的な考えを持つ事はあまり良しとされませんからね。

 

今の自分の生活は合理主義で十分

そういう意味で、よくあるFIRE批判の論調も、一面的な生き方批判の一つの例でしょう。

年をとる事は、色んな事が確定していく事です。悪い意味で言っているのではありません。限定されると言う事は、リソースを集中的に投入する事ができ、より良いリターンが期待できます。

と考えると、自分のような年齢、属性ならば、一面的な合理主義(損得勘定)で生活しても、あまり損をするとも考えられず、合理主義が悪いと言うよりは合っていると考えています。

 

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